レディース・ライディング・スクール活動の始まり


<起源> 全日本トップレーサー 井形 マリ

 まだバイクに乗る女性が皆無に等しかった'70年代、井形マリはバイクと出会い、'78年にロードレースデビューをはたしました。その後実力を付け、'82年に国際A級に昇格。全日本ロードレース125ccクラスへの参戦が始まり、常にトップグループを走り、数々の実績を残しました。しかし、'87年8月のレース予選中の事故で大怪我。それがきっかけとなり引退しました。結局その予選はトップの記録となり、決勝が走れぬまま『幻のポールポジション』として伝説となって残ることになりました。


<誕生> チームマリ結成

 ロードレースを引退した翌年、'88年に井形マリは女性ロードレースチーム『チーム マリ』を結成。これが現在の母体にあたります。マリはチーム監督となり、数名の女性レーサーを育成。妹の井形とも を筆頭に数名の女性ライダーがロードレースに挑み、井形とも は女性で4番目の国際A級となりました。その後も2名の女性国際A級ライダーが誕生し、次々に全日本の舞台へと送り込みました。


安全運転普及活動を開始

 '88年にチーム結成した翌年より、安全運転普及活動に携わることになります。現在のライディングスクールの発端はここにありますが、当時はまだ片手間の仕事。手本もない中、模索しながらのスクール開催でした。当時のインストラクターは、全員チーム員であるロードレーサー。大きいコーナーを高速で曲がることは得意であっても、低速で小回りをすることは苦手。「Uターンってどうすればいいの?」という悩みを抱えながらの指導は、今となっては笑い話です。


女性向けライディングスクールの開始

 まだ一般に女性ライダーは少なかった頃、チームマリでも男性と女性に対し同時にライディングを指導していた時期もありましたが、女性と男性の根本的な体形・体力の違いから、女性には女性に適した指導方法が重要であると実感した井形マリが、女性専用のスクールを企画・立案。これが初めて実現したのが、1992年、鈴鹿でのことでした。 開始当時の参加人数は、20名程度。とても小さな活動でした。それが年々参加者数も増え、現在では年間延べ参加人数900人、契約インストラクターも24名という規模の活動へと成長しました。



| TOP | レッスン内容 | 開催予定 | 申込方法 | 申込フォーム | お知らせ | クラブ案内 |イベント | クラブ申込み |
Copyright (c)2000 LightDesign Inc. TEAM MARI Japan. All rights reserved.